とある日の夕方。多分、6-7年くらい前


ドアを開けた時に吹き抜ける風の温度は、短い夏の終わりを告げていた。
「……なにしてんの?お前ら」
そう言ってケイルが見下ろしたのは、吹き抜ける風が気持ちいい窓辺の床に敷かれたラグの上でうつ伏せに寝っ転がって本を読んでいるカーマイル……の背中の上に、仰向けに寝転がって乗っているミリアム。
「あそんでるの」
それ、楽しい? と聞き返そうとして辞めたケイルの目の前で、ミリアムがどてっとカーマイルの背中から滑り落ちて、不満げに口をとがらせながらもう一度カーマイルの背中に乗り直す。遊んでいると言うだけあって、ミリアムはそれなりに楽しいのかもしれないけれど、カーマイルから不満げな視線を肩越しに向けられていることには全く気づいていないようだ。気にしていないだけかもしれないが。
「おいで、ミリアム」
嬉しそうに笑って手を伸ばしてきたミリアム抱き上げると、思いのほか体温が高くてくったりと頭が肩に乗ってきた。涼しい部屋で何するまでもなくカーマイルの上に寝転がっていたから、眠たくなっているのかもしれない。
「おそとぉ」
「遊びに行きたい?」
「うん。おそと!」
「ほんと? 眠いんじゃない?」
「ねむくない」
「眠そうだよ」
「ねない」
ケイルは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振るミリアムを床に下ろす。カーマイルを外遊びに誘いに来たもののカーマイルが釣れなくて、カーマイルの上に転がっていたのか、となんとなく想像がついた。
ケイルの足元では、ようやくミリアムの重量から開放されたカーマイルが、のびのびと伸びをしていた。そんなカーマイルの脇腹をケイルは足先で突っついた。
「カーマイル。お前ちょっとミリアムと外で遊んでやって。俺、裏口の扉直さなきゃいけないんだよ」
「ええ……」
「俺の代わりに裏口直せるなら代わるけど。 ウォーレンの代わりにオーブンに火入れるでもいいし」
「カーマイル、おそとぉ」
……どっちもヤダ。と思いっきり顔に書いてあるカーマイルの腕をグイグイとミリアムが引っ張る。窓が開いているから出ようと思えば外に遊びに行けるところを勝手に出ていかずに、兄に同行を求める辺りは怖がりのミリアムらしいのだが。
渋るカーマイルにミリアムの外遊びの相手を任せて、ケイルは納屋へと向かう。「裏口の扉がキイキイうるさいから蝶番に油を差して。ついでに外の塀の開き戸と家の中も」と言うのがニーナに先程言い渡された手伝いだった。同時にウォーレンはオーブンの火を起こしておいて、と言われたので、今ウォーレンはキッチンで石窯と格闘中だ。
ケイルが家の扉に油を差して、油差しと、脚立を納屋に片付けに戻ると、薪を運ぶウォーレンの後ろを、両手に薪を抱えて子鴨の如くちょこちょこついて行くミリアムが見えた。
「カーマイルどこ行ったんだよ」
邪魔だろうからミリアムを回収しようか、とキッチンをちらり覗いたケイルは、黙って踵を返した。なぜなら、カーマイルが山のような芋の皮を剥いていたからだ。
これは、手が空いたと知れたら芋の皮むきをさせられるに違いない。そう察したケイルはそっとリビングに戻るとソファに転がった。
天井を見上げながらぼんやりしていると「ミリアム、気をつけて」とウォーレンの声がした。
ドアに視線をやると、水の入ったボトルを抱えたミリアムと、コップを手にしたウォーレンがリビングに戻ってきた。
テーブルに些か勢いよくドンッとボトルを置いたのを見届けて、ウォーレンが微かにため息混じりにケイルを見た。
「お前、寝てんのかよ」
「寝てねーよ。転がってただけ」
「ウォーレン、おみず」
「あ、零さないように気をつけて」
持ってきた水を覚束無い手付きで2つのグラスに注ぐと、ミリアムは満足気にウォーレンを見上げた。
「どーぞ!」
「ありがとう」
ウォーレンがグラスに注がれた水を飲み干すのを見上げていたミリアムは、その後コクコクとグラスの水を飲んで、息をついてソファに座ったウォーレンの隣に同じように息をついて座った。
「あー、ケイル」
「あー、ケイル」
ウォーレンの言葉を真似してミリアムが復唱する。ウォーレンがミリアムを見ると、にぱーっとウォーレンを見上げてミリアムが笑った。
「明日からニーナ、カズスにいくって。俺ら留守番」
「あしたから、ニーナカズスにいくれら……」
途中で分からなくなったらしく、ミリアムはごにょごにょと語尾を誤魔化した。
「ミリアム」
「ウォーレン」
「真似っ子しないで」
「まねっこしないで」
「ミリアムでしょ」
「ウォーレンでしょ」
ウォーレンとミリアムのやり取りはさておき、ケイルは突然告げられた養母の不在に、あぁ……と声を漏らした。
「マジ? 前から言ってた?」
「さっき聞いた。天気悪くなければ明明後日には戻るって」
鉱山の街、カズスへは大人の足で歩いて朝に出て夕方前に着く。子供たちを連れていくには少し遠いので大抵留守番を言い渡される。それでさっきカーマイルが山のように芋の皮を向いていたのか。と、変なところで合点が言った。
「まぁ、勉強しなくても怒られないし」
カーマイルとミリアムの面倒さえ見ていればいいんだから、と伸びをしたケイルにウォーレンが告げた。
「じじ共は居るぞ?」
「えぇー……まじ? 飯は?」
「明日の分は作っておくから、明後日はなんか適当に作れって」
正直、本さえ与えておけば大人しいカーマイルととりあえず遊んでいればいいミリアムの相手は大して面倒ではない。それよりも圧倒的にトパパとダーンの食事の方がめんどくさいと思うケイルだ。ウォーレンも概ね同じらしい。
「めんどいな……。てか、ミリアム寝てない?」
ミリアムはついさっきまでウォーレンと話していたはずだけれど、すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてきているのだ。ウォーレンの傍らを覗き込んだケイルに釣られて、自分の右腕に寄りかかっているミリアムを見たウォーレンは「あぁ」と声を零した。ウォーレンに寄りかかっていたミリアムは、上を向いてぽけーっと口を開けたまま寝ていた。
「ミリアム、今寝ないで。ちゃんとご飯食べて」
ウォーレンが身体を動かせば当然のように寄りかかっていたミリアムは、コテっと仰向けに転がった。びっくりしたのかパチッと目を開けたあと「ふぇぇ」と泣きだした。ウォーレンを見上げたミリアムは、ウォーレンに手を伸ばして抱っこをせがむ。
「起きて、ミリアム」
「だっこぉ」
「抱っこじゃなくて。ご飯」
「やぁだぁぁ。だっこぉ!!」
抱き上げて貰えたものの、抱っこはして貰えずに床に降ろされたミリアムは、嫌々と泣きながらウォーレンの脚にしがみつく。
「今抱っこしたらまた寝るじゃん。なんか食べに行こ。抱っこはその後。ほら行くよ」
ぐずぐずと泣いているミリアムの手を引いてウォーレンがキッチンに向かうのを眺めながら、とりあえず、明日からはミリアムの事はウォーレンに丸投げしときゃいいか、と考えるケイルだった。
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こうしてミリアムのお世話は甲斐甲斐しく世話を焼くウォーレン担当に割り振られるわけです。ケイルの中で、勝手に。
幼児期のこんなん見てるからケイルもウォーレンもミリアムを恋愛対象と思わない。

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