旅に出る4年くらい前

 ケイルがリビングのドアを開けると、暖炉の前のソファに座っていたウォーレンが視線を上げた。

「お? ミリアムまだ起きてんの?」
「まさか」

 そんな訳ないだろう? と言いたげな口調で返されて、「だよな」とケイルは苦笑をこぼした。いつもミリアム寝る時間はとっくに過ぎている。案の定、ウォーレンの膝に乗って居るミリアムは、ウォーレンの肩に頭をくったりと預けいた。

「ベッド行かせりゃいいのに」
「全然ねれないのー。って来て、抱っこして3分で寝た」

 ため息混じりに息をついてウォーレンは読んでいた本をソファーのサイドテーブルに置くと、ふぁっと欠伸をした。

「程よい重さで温かいからこっちまで眠くなる」
「重くなったよなぁ。トパパがもう抱っこ出来んって。寝顔はあんま変わんねぇのにな」

 そう言ったケイルがミリアムの頬をムニッと摘むと、ミリアムは微かに顔を顰めていやいやする様に首を横に振って、ウォーレンの首筋に顔を埋めた。

「……ミリアム寝かせて俺も寝るわ。おやすみ」
「ん、おやすみ」

 ケイルが先程ウォーレンが読んでた本に手を伸ばしてパラパラとめくると「まぁまぁ面白い」と、ミリアムを抱えて立ち上がったウォーレンの声が降ってくる。あまり気のない返事を返して、ケイルはキッチンへ向かって、カラフェからグラスに水を注いだ。

 ウォーレンは階段を登った先の部屋のドアを器用に片手で開けると、左の壁際に置かれたベッドの上にミリアムを下ろす。赤ちゃんだった頃と比べたら眠りが深くなったから、適当に転がしても起きなくなった。とはいえ、さすがに適当に転がしすぎたらしい。ぱちっと目を開けたミリアムとバッチリ目が合った。

 あ、しまった。

 そうウォーレンが思うのと、ミリアムが少し嬉しそうに笑ってウォーレンに両手を伸ばしてくるのはほぼ同時。

「ウォーレン、だーいすき」

 舌っ足らずな寝言と共にむぎゅっと首にしがみつかれたウォーレンは、半ば諦めて引っ張られるままにミリアムの隣に横になった。ミリアムが寝たら抜け出そうと思っていたけれど、なかなか緩まないミリアムの腕と、くっついている暖かな体温に心地よい眠気がやってくる。さすがにここで寝るのは、と身体を起こすと服の裾をミリアムに掴まれた。が、さすがに今回は離れたから掴んだだけのようで、服を掴む指に手をかけて服から外せば、すんなりと外れた。

「おやすみ」

 ミリアムの頭をそっと撫でてウォーレンはようやく自分の部屋に戻った。

 心地よい眠気を感じながらベッドに潜り込むと真っ暗な部屋の中「遅かったじゃん」と同室のケイルの声がした。

「下ろしたら起きた。しかもなかなか寝付かなくてこっちが寝そうだった」
「いつまで可愛いんだろうな」
「ん?」
「ミリアム。カーマイルもだけど、あいつら一向に小生意気にもならないし、甘えっ子だし」

 言われて考えてみれば、ミリアムは今6歳。その頃の自分を思い出してみれば、母親と暮らしていた頃で、今ミリアムがしたように甘える相手などいなかった気がする。ウォーレンほどでは無いにしろ、ケイルだって祖父は厳しくて、無条件に甘えるのとは違ったのだろう。否応なく思い出された昔の記憶は、じっとりとまとわりつくように胸を重くした。

「昔さ、ミリアムが大好きーって俺らに抱きついて回ってたことあったじゃん?」
「あー、あったね。3・4年前位」

 ミリアムがだいぶ喋るのも上手になった頃だ。ウォーレンとケイル、そしてカーマイルの3人の兄に順番に抱きついて「だいすきー!」とほっぺをすりすりして回遊するのだ。しかも毎日、飽きずに何周も何周も。段々慣れはしたけれど、最初は照れくさいのと、ちょっと嬉しいのと色々交じった気持ちだった。

「あれさ。俺らにしかやんなかったんだよな」
「俺らって?」
「俺とお前とカーマイル」
「そうなの?」
「ん。ニーナが言ったんだよ。ミリアムに。トパパにも大好きぎゅーしてあげたら?って。そしたら、ミリアム……なんつったと思う?」
「さぁ?」
「ミリアムな、なんでー?って。ニーナがトパパは大好きじゃないのって聞いたら、きらいじゃないよぉって言うんだけど、やりたくないみたいでめっちゃ拗ねた顔してて。俺、笑い堪えられなかったからその先知らないんだけど」

 その後、意識して見ていたけれど、ミリアムの大好きぎゅーは、自分達3人にしかやるのを見たことがなかったのだ、とケイルは笑った。

「ミリアムはともかく、カーマイルはもうちょい何とかしたいけどな」
「あいつは仕方ない」

 もう少ししっかりして欲しい気もするけれど、あれだけマイペースだから周囲がいくら言っても無駄だろう、とウォーレンはもちろんケイルも思っているだろう。

 会話が途切れてしばらくすれば、ケイルの寝息が聞こえてきた。目をふせれば思い出すのは、先程首にしがみついてきた時のミリアムの笑顔。もうしばらく可愛いままでいてくれていいな、と笑みが零れた。

 胸の奥にじっとりとまとわりついた重たい何かが霧散したのも気づかないまま、ウォーレンも眠りに落ちた。


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 愛された記憶すらない長男。
 愛されてはいるけれど、祖父と2人暮らしだったのであまり甘えた記憶のない次男。
 2人にとってミリアムは、大切な癒し系な妹。
 カーマイルは、アホの子ほど可愛いに近い感じに和む弟。
 どっちも可愛い弟妹。

 ミリアムがこの「大好き」ぎゅー!をする様になるきっかけはウォーレンなんだけど、また別の話で。
 ちなみに、ミリアムの気持ちは「(いっつも遊んでくれるお兄ちゃん達)大好き」ぎゅー!がメインなので、なんで遊んでくれないトパパにしないといけないのか分からなかったらしいです。

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