旅立ち前日の夕方
「ウォーレン。何してるの、こんなところで」
背後から聞こえてきたニーナの少し咎める様な声に手を止めたウォーレンは、少し居心地悪そうに笑った。
「薪割り。まだ寒いし、要るでしょ」
「そうね。もう少しあるといいけど、そうじゃないわよ。貴方、ちゃんと支度したの?」
「終わったよ」
「本当に? 忘れ物ないか確かめた?」
「大丈夫だよ。ある物で間に合わせる様にするし。それに……」
子供の頃と変わらないニーナの口調にウォーレンは小さく笑みを零しながら答えて、屈んで地面に散らばっていた薪に手を伸ばす。「それに?」と、ニーナが先を促すと、横目でニーナを捉えたウォーレンは、少し困ったように眉を下げた。
「ん、そもそも何持ってたら万全なのかも判んないんだから、服と飯さえ何とかなれば十分かなって思って。考えだしたら何もかも持っていかなきゃいけない気がして、荷物クソ重くなりそう」
だから、何も考えたくないから薪割りをしていた。そう告げてウォーレンは拾い上げた薪を棚へと仕舞った。不意に伸びてきたニーナの右手が、ウォーレンの左の頬に触れた。ウォーレンがニーナの背を追い抜いたのは5年ほど前だっただろうか。18歳になった今となっては、その差は頭一つ以上になり、ニーナの事を小さいと感じる程だった。
「無理しちゃだめよ」
ニーナの言葉に、思わずと言った様にウォーレンはフッと笑った。
「しないよ」
自分とケイルならともかく、カーマイルどころかミリアムまで一緒だ。無理が効く訳がないのは十分分かっているつもりだった。だけど、ニーナが続けて紡いだ言葉に、ウォーレンは口を噤む。
「貴方が、よ。貴方とケイルがカーマイルとミリアムに無理な事させないのは判ってるわ。ケイルも……あの子は無茶はするけど、無理なことはしないもの。貴方が一番心配」
瞳に涙を滲ませて見上げてくるニーナに、ウォーレンが微かに笑って少しだけ屈むと、ウォーレンの肩にニーナに額が押し当てられた。
「行かせたくないのよ。クリスタルの啓示だなんだって言われたって、本当は行かせたくなんてない。貴方にもケイルにも……ずっと目の届く場所に居て欲しいのよ」
「……判ってるよ」
「ちゃんと帰ってくるのよ」
「そのつもり」
「つもりじゃなく。必ず帰ってきなさい。四人で」
良いわね? と有無を言わせぬ強さを含んだ口調で告げて、ニーナはウォーレンの頭に腕を回して抱きしめた。
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ウォーレンとってニーナは間違いなく母だったと思う。
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